東京高等裁判所 平成7年(行コ)171号 判決 1998年1月29日
東京都足立区西伊興四丁目三番一一号
控訴人
内田俊彦
右訴訟代理人弁護士
荒木俊馬
同
小林春雄
東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号
被控訴人
西新井税務署長 石山弘
右指定代理人
小暮輝信
同
上竹光夫
同
佐々木正雄
同
小野雅也
同
古瀬英則
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が平成四年三月三一日付けでした控訴人の平成二年分所得税の更正のうち総所得金額一三三四万二三七七円、還付金の額に相当する税額二二三万九三四三円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の事実「第二 当事者の主張」と同じであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
一一一頁七行目の「右債務の」から同八行目の「すぎないから、」までを「県南エ社から丸勝物産に対する貸付金であり、控訴人は同社から同社の負債弁済の資金となる「預かり金」として交付されたものである。したがって、」と改める。
二 当審における控訴人の主張
1 本件譲渡は、その実質は営業譲渡である。そして、本件譲渡においては、本件譲渡の対象である営業には、少なくとも四四〇四万七二〇〇円の負債が含まれ、この負債は売主である控訴人が負担することになっていた。したがって、本件譲渡の当事者間では、右営業の実質的価格は一億六〇〇〇万円から負債の四四〇四万七二〇〇円を控除した一億一五九五万二八〇〇円と合意されていた。
そして、実質課税の原則からすれば、本件譲渡の実質的対象である営業の価格は一億一五九五万二八〇〇円であるから、その譲渡価格は多く見積もっても、右金額である。
2 本件譲渡の当事者は、交付される一億六〇〇〇万円の一部は丸勝物産の旧債務の弁済に充てられ、右弁済により丸勝物産の旧債務は完全に消滅し、控訴人には求償権が発生しないと考えていた。このような当事者の意思を合理的に整理するならば、右弁済に回された資金は、県南エ社から丸勝物産に貸し付けられ、更に同社から控訴人に対して弁済のために交付された預かり金として理解する外はない。
3 丸勝物産のような小規模で経営と所有が一体となっている会社の株式譲渡は、旧経営者時代の負債はなるべく引き継がないような配慮がされ、買主がいくらの資金を投下すれば債務のない会社を買い受けることができるかが問題となるため、投下される資金について、売主の実質の手取りと旧債務の弁済とが明確には区別されにくい。しかも、このような会社では、日頃から会社資産と個人資産が区別されにくく、かつ、本件における求償権のような問題を法的に正確に理解して処理する能力に乏しい。そのため、仮にそれが株式譲渡であっても、売却される会社に旧債務を弁済する資力がない以上、買主が投下する資金の中からこれを弁済しても、経費的なものであるとしか認識されない。このような小規模の会社について、それが株式譲渡の形態をとるからといって、形式的に租税特別措置法三七条の一〇を適用するのは、あまりにも実体を無視し、過酷である。よって、本件についても、丸勝物産の旧債務の弁済に回された資金は、控訴人の所得に算入せず、預かり金とすべきである。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するところ、その理由は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
一三頁七行目の「県南エ社が」の次に「控訴人から」を加え、同八行目の「の方法で行われることになり」を「に変更され」と改める。
二 当審における控訴人の主張に対する判断
1 控訴人は、本件譲渡は実質は営業譲渡であり、当事者間では、右営業の実質的価格は一億六〇〇〇万円から負債の四四〇四万七二〇〇円を控除した一億一五九五万二八〇〇円と合意されていたと主張する。
しかし、本件譲渡がされる前の段階で、丸勝物産と県南エ社とが営業譲渡の合意をし、その旨の覚え書を交わしたものの、その後、右営業譲渡は、控訴人と県南エ社間の株式の譲渡である本件譲渡に変更されたことは前記引用に係る原判決の理由における認定のとおりである。そして、右営業譲渡ないし本件譲渡は、当時の風俗営業法上、警察から新規にパチンコ店の営業許可を得ることは時間がかかるのに対し、丸勝物産の得ている許可のままで良いという利点に経済的価値が見いだされていたが、県南エ社側の弁護士が株式の譲渡がなければ営業許可に関する手続が円滑にいかないことに気付いたため、営業譲渡ではなく、株式の譲渡である本件譲渡という方法が採用されたものであり、現実に株券も引き渡されて丸勝物産は県南エ社側の支配下に入っている(甲第一八号証、乙第二号証、控訴人本人(当審))。そうすると、本件譲渡は、控訴人と県南エ社との間の契約であって、営業譲渡とは当事者が異なる上、株式譲渡の実体も備え、契約当事者も株式譲渡の方法を採用したことによる法的効果を享受しているのであるから、本件譲渡が実質的には営業譲渡であるなどとは到底認めることができない。
したがって、本件譲渡が実質的には営業譲渡であるということを前提とする控訴人の主張は理由がない。
2 控訴人は、本件譲渡の当事者が、交付される一億六〇〇〇万円の一部は丸勝物産の旧債務の弁済に充てられ、右弁済により丸勝物産の旧債務は完全に消滅し、控訴人には求償権が発生しないと考えていたことからすれば、右弁済に回された資金は、県南エ社から丸勝物産に貸し付けられ、更に同社から控訴人に対して弁済のために交付された預かり金と理解する外ないと主張し、控訴人本人(当審)もその旨供述する。
しかし本件譲渡の際に交付された一億六〇〇〇万円の一部が旧債務の弁済のための預かり金であるとは到底認められないことは、前記引用に係る原判決の理由における認定のとおりである。のみならず、右一億六〇〇〇万円は、額面一億〇〇四〇万円と額面五九六〇万円の小切手二通に分けられて交付されたが、そのうち額面一億〇〇四〇万円の小切手金は、四口に分けられ、三二九〇万円が西南信用組合足立支店の内田会計事務所名義の口座に、一〇〇〇万円が太陽神戸三井銀行高輪支店の内田会計事務所名義の口座に、一〇〇〇万円が東海銀行竹の塚支店の控訴人個人名義の口座に、四七五〇万円が三菱銀行田町支店の株式会社ウチダコンピュータサービスの口座に、それぞれ入金され、額面五九六〇万円の小切手金は、秋田銀行湯沢支店の丸勝物産名義の口座に入金されており、控訴人が預かり金と主張する一億三七九六万〇〇一七円がどの口座にどのような趣旨で分配され、どのように使用されたのか控訴人にも定かでない上、県南エ社側は本件譲渡の代金は一億六〇〇〇万円と認識しており、代金の使途が丸勝物産の旧債務の返済に充てられるか否かについては関知していないのであるから(乙第二、第一四、第一五号証、控訴人本人(当審))、実際にも右一億三七九六万〇〇一七円が丸勝物産の旧債務の弁済に充てられたとは認められないし、本件譲渡の当事者間にその旨の認識があったと認めることもできない。そして、丸勝物産が旧債務の消滅に関する求償権の行使を受けないとすれば、それは丸勝物産に代位して債務を弁済した者(控訴人)が求償権を放棄したことによると解すべきである。
したがって、控訴人の右主張は理由がない。
3 控訴人は、丸勝物産のような小規模で経営と所有が一体となっている会社について、株式譲渡の形態をとるからといって、形式的に租税特別措置法三七条の一〇を摘要するのは、実態を無視し過酷であるから、本件についても、丸勝物産の旧債務の弁済に回された資金は、控訴人の所得に算入せず、預かり金とすべきである旨主張する。
しかし、小規模で経営と所有が一体となっている会社であっても、個人の所有ないし資産と法人の所得ないし資産は明確に区別されなければならないことは当然であるから、法人の形式が選択されている以上、右法人が小規模で経営と所有が一体となっていることは、課税において通常とは異なる取扱いをする理由とはならない。
控訴人の右主張は到底採用できない。
第四結論
よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 筏津順子 裁判官 山田知司)